西義輝の遺書が語る鈴木義彦の虚偽言動①

品田幸男裁判長は、裁判で合意書と和解書を無効にしたが、特に和解書を無効とする根拠に挙げた「強迫」と「心裡留保」が鈴木側の虚偽主張を丸ごと採用した結果であることは明らかだった。何故、品田裁判長はA氏側の主張とそれを裏付ける証拠類をほぼ全面的に退けたのか。何故、鈴木義彦の虚偽に満ちた言動を見逃し続けたのか。A氏と西との関りの中で鈴木が見せたあくどい裏切りは、西が自殺する直前に鈴木に送った手紙(遺書)に如実に描かれているが、品田裁判長は、判決ではその貴重な証拠に一言も言及しなかった。それは何故だったのか。

品田裁判長が、A氏側が提出した証拠類について不備や過失をあげつらったところで事実と真実を曲げることは出来ないし、鈴木の異常な悪性を否定することは出来ないはずだ。それ故、品田裁判長は鈴木の人間性に関わることには一切目をつぶり、判決に反映させなかった。そのように考えると、西が鈴木に追い詰められ自殺という重い選択を余儀なくされた際に書き残した「遺書」が鈴木の虚偽を裏付けるために非常に重要な証拠となることを改めて明らかにしたい。

「この手紙の内容については、貴殿が一番解っている事ばかりだが、いま一度、この手紙を読みながら、しっかりした反省をし、原点にもどって三人の合意に基づいて約束を守り、残りの人生を安心して過ごすことだ。まず、貴殿の今までやってきた事、私と二人の絆で結ばれていた時期に行った、さまざまな出来事の内容及び約束事、二人だけでは成し得なかった事を、社長に全面的な資金面の協力をしていただいて成功した数々の株取引、資金を出していただいて始(初?)めて実行できた第三者割当増資(海外)での株取引、その後、これらの事がうまくいき、二人が株式業界にて成功を収める事ができた経緯などを申し述べる。今から文章に残すことはすべて真実であり、貴殿の身内、関係者だけでなく、マスコミ及び関係各所にも、貴殿の今後のやり方いかんでは大きく取り上げられることを先に申し述べておく」

西義輝が残した「遺書」には、鈴木があらゆる場面で嘘をつき、騙し、そして裏切った数多くの出来事が具体的に書かれている。A氏からの借入ではA氏と西の昵懇の関係を最大に利用しつつ、西が連帯で保証していることで返済の責任を逃れ続けた。合意書の作成経緯と株取引の現場では、鈴木が取得株の売買と利益金の管理で主導権を握ったために、鈴木による利益独占を阻止することが難しかった等が綴られている。

中でも、遺書の全体を貫いているのが鈴木の人間性に対する痛烈な非難だ。

「貴殿が真剣に反省しなければいけない事が沢山ある。まず貴殿のずるい考え方からやってきた、人間としてやってはいけない裏切り、社長と私、貴殿の三人でしたいくつかの約束事に関する裏切行為、私の浅はかな考えから、貴殿の狡る賢しこさにコントロールされ、社長に大変な実害や信用を傷つけた件、社長を利用することによって与えた大きなダメージなど、貴殿と私で行った社長への大きな裏切りを考えたら、私の一命をもっても償える事ではない」

鈴木は平成10年5月31日に警視庁に逮捕された。長崎に本店を置く親和銀行から100億円以上の融資を不正に受けた容疑だったが、鈴木の手口はあくどさが際立っていた。当時の頭取に美人局を仕掛け、さらにそれをネタにして総会屋や暴力団組長と組んでマッチポンプを仕掛けるというやり方で銀行中枢に食い込み、価値のない土地を始め二束三文の担保で巨額の融資を引き出した。

「当時、FR社は慢性の資金難に陥っており、親和銀行から融資を受けていたが、それを仲介したのが、当時、貴殿が非常に親しく付き合っていた副島氏(後に親和銀行事件で逮捕)であった。貴殿は親和銀行会長に近づき、副島氏を親和銀行より引き離す事を計画し、青田氏(当時興信所勤務)を使い、さも副島氏グループがやったようにして、親和銀行会長に女性を近づけ、長崎市大村のラブホテルでの女性との秘事をビデオに撮らせたりして、いかに副島氏が危険な人物であるかのように会長に説明をし、その後、会長に取り入り、もみ消しを貴殿に依頼させ、恩義を売った。副島氏グループを親和銀行から遠ざけた。この時期が、私との出会いの始まりでもあった。貴殿の目的は新たな融資を親和銀行から引き出すための名目作りや、私の人間関係でのウラ社会に強い弁護士の紹介など、全体のコンサルを私に依頼する事であった。私は貴殿の会社、FR社が上場している事でもあり、会社の内容は良くないが、やり方によっては資金を出させる事が可能だと思い、私の持っている知識や人間関係を可能な限り活用して、新たに親和銀行より15億円を、価値のない絵やリトグラフを担保に借りられるようにしたり、田中森一元特捜検事に親和銀行の顧問弁護士になってもらい、価値のない土地を担保に20億円を借り入れできるようにした」

しかし、親和銀行からの融資も限界が来て、融資を受けられなくなると、鈴木はタカラブネ株を大量に買い付けながら処理に困っていた山内興産に目を付けた。

「親和銀行の借り入れができなくなった後、当時のクリソベル証券(注:クレスベール証券)の紀井氏の紹介で北九州市の投資家(末吉氏)よりタカラブネ株20億円分の株券を預かり、FR社の資金繰りに利用した。

貴殿はタカラブネ株20億円を担保に新規に60億円分のタカラブネ株を購入できると言って、末吉氏にウソをついて20億円分の株券を預かった。20億円の株券の内、15億円分を市場にて売却をし、FR社の資金繰りに使い、残り5億円分のタカラブネ株についてのみ、私の証券口座を利用。信用取引を活用し、10億円分のタカラブネ株を新規に購入させ、末吉氏を信用させるやり方をしている。この時も、私にはウソの説明をしたが、私は貴殿の事を信じ、できるだけの協力をしたつもりだ」

タカラブネ株の株券を売却した資金を使い果たした鈴木は、西にFR社の第三者割当増資をするので、必ず返済をすると言って、融資を受けられるところを紹介して欲しいと持ち掛け、西はA氏を紹介することになる。

「私にとって一番大事な金主であり、いつも弟のように大事にしていただいていた社長を紹介する事になった。貴殿は、私にすごい力のある人物がバックにいることを日ごろからの会話で聞き知っていて、計画的に私に頼んだわけだ。私は貴殿から1年先に第三者割当増資をFR社で行い、返すからと言ってFR社の資金繰りを助ける目的で平成9年5月頃(注:正確には8月頃)、社長を紹介し、平成9年~平成10年5月までに15億円以上(注:正確には20億円以上)の借入が実行できた。しかし、平成10年に第三者割当増資をFR社で行うも社長には一切の返済をしないで、FR社の資金繰りや個人の借金の返済に使い、平成10年5月末日に逮捕された」

しかし、鈴木はただ逮捕を待つのではなく、身の回りの物を現金化するために西には内緒でA氏の所に出向いていた。

「(略)貴殿は借りるお金について、私の保証が入っている事を分かった上で行っている。私と社長の性格をよく理解した上での、このようなやり方には、貴殿の狡る賢しこさの一部がよく分かるが、私は今になってはそれを解決する方法がないため、非常に残念に思う。

貴殿が逮捕された平成10年5月末より平成11年5月までの事について述べよう。貴殿は逮捕される3日前にも私に内緒で8000万円のお金を土下座までして借りている。社長は逮捕される事を分かっていたが、貴殿の置かれている立場を理解した上で、土下座してまで必要なお金であればと思い出してくれたのだと思う。きっと、この8000万円のお金は、この時の貴殿にとっては10億円にも匹敵するお金であったはずだ。他に誰も借して(注:貸して)くれる人はいなかったはずだ。この時だって、社長の性格や人間性を分かった上で利用しただけじゃないか。宝林株の成功がなかったら、貴殿の人生は今の私より大変な状況であったことは確かだ」

鈴木が保釈されたのは逮捕から約半年後の平成10年12月中旬だったが、鈴木は家族の住む自宅へは帰らず、愛人が住む都内(三田)のマンションに身を寄せた。西が鈴木の身を案じて毎日のようにマンションを訪ねていたが、鈴木は朝から酒を浴びるように飲み、自暴自棄に陥っていたという。親和銀行不正融資事件で被告となった鈴木は、このままでは長期の実刑は免れず、自ら創業したエフアール社も粉飾決算が明るみに出る可能性は高く、上場廃止どころか倒産を余儀なくされ、鈴木個人も借金まみれで全くの八方ふさがりだったから当然といえば当然だった。西は鈴木を叱咤し、これまでのお礼もあるので、A氏に一度は挨拶をして今後のことを含め相談しようと話したが、鈴木が曖昧な態度に終始したため、結局は西が一人でA氏を訪ね鈴木の状況を伝えることになった。西はA氏に「鈴木を温泉にでも連れて行こうと思います」と言って、A氏から見舞金の100万円を預かった。また年末ぎりぎりの12月28日には鈴木の再起を期すための資金作りをA氏に相談して、A氏から上代で45億円の超高級時計13本を4億円という原価を下回る金額で販売委託を受けた。A氏も西も鈴木のことを考えて対応していたが、しかし、鈴木は身勝手にもA氏には一言の挨拶もせず、電話をかけることさえしなかった。それだけではない、鈴木は西がA氏から販売委託で預かって来た超高級時計のうちバセロンキャラのペア時計(1セットの上代10億円)3セットを知人の所に持ち込んで6億円を調達したが、A氏には一切報告もせず委託代金の支払もしなかったのだ。逮捕前にA氏から8000万円を借りる際に「このご恩は一生忘れません」と言った言葉など鈴木の記憶にすらなかった。

そうした中で、西に宝林の筆頭株主が保有する800万株を手放すという情報が持ち込まれ、西は1~2か月をかけて購入を決断し、A氏から購入代金3億円を借りる算段を整えた。筆頭株主との交渉から契約まで西が一人で行い、1株37円での購入にこぎつけたが、購入した株を引き受けるペーパーカンパニー3社を取引のあったフュージョン社に用意させた鈴木は、契約の場で800万株全株をフュージョン社に受け取らせたうえに、翌日に金融庁に提出した大量保有報告書に資金の出所を虚偽記載させていた。A氏からの借入と書くべきところを「紀井義弘から借り入れ」と書いて、A氏の存在を消してしまったのである。この虚偽記載は鈴木の独断であり、報告書の提出についてA氏は一切相談がなく、名前を使われた紀井もまた何も聞いていなかった。

鈴木と西は株式市場で宝林株を高値で売り抜けようと図ったが、株価を高値に誘導し維持する資金が不足して、1か月過ぎても売り抜けるタイミングを作ることが出来なかった。そのため、西が改めてA氏に資金支援を仰ぐと鈴木に言うと、鈴木は「2人とも多額の借金があるのに、出してもらえるとは思えない」と否定的に言ったが、西が他に相談する人はいないと言い、A氏に相談することになった。平成11年7月8日、西と鈴木がA氏の会社を訪ね、資金支援を懇願する。実際に一人熱弁を振るったのは鈴木で、「過去数年で20~30億の授業料を払ってきたので、絶対の自信があります」と言い、また「これが上手くいかないと私も西会長も社長への返済ができません」とまで言って、鈴木が必死にA氏に懇願した結果、A氏が了解したことでお互いの合意を示す「合意書」をその場で作成することになった。しかし、鈴木も西も宝林株の大量保有報告書での虚偽記載や株の売りを専従で任せる紀井をスカウトしているという重要な事実についてはA氏には一切伝えていなかった。

A氏と西、鈴木の3者で交わした合意書は、直前で取得した宝林株800万株を最初の銘柄として高値で売って利益を出すために、鈴木と西がA氏に買い支え資金を安定的継続的に支援してもらうことを約して交わされた。そして、利益の上がり方次第にもよるが、その後も株取引を継続して利益の獲得を目指すことが明記されている。

「我々は以前から社長に借りている借金、貴殿も私も多額の金額が残ったままであったにも拘わらず、出していただいた。他の人よりお金を調達してまでも社長は全面的に協力をしてくれたわけじゃないか。社長は自分で持っていたお金だけじゃなく、他の人より借りてまでやっていただいた。理由としては、我々がお金を返済していないため手持ち現金が少なくなっていた事でもあり、それに関しても、ほとんど我々の責任であったわけだし、本当に申し訳ないことばかりであった」

160億円という巨額の利益を確保した宝林株について、西は次のように書いている。

「宝林株の成功については、私と貴殿の人生を大きく変えたことは確かだ。しかし、利益を上げている間に私をうまくコントロールし、社長にお金を出していただいた最初の宝林株800万株の代金を含め、貴殿に売買を任せる約束をしていたために、指導権(主導権?)を貴殿に取られてしまい、私のやりたい方法ができず、言いなりになってしまったため、社長に本当の事を言えなかった。合意書で利益を3等分するという約束であったが、貴殿に最初の宝林株800万株やその後、行った第三者割当増資で手に入れた宝林の新株も、売買を貴殿が行う三者間の役割分担であったために、貴殿の提案に私は従うしかなかったわけだ」

A氏の資金支援を得たことで鈴木と西は宝林株の高値誘導に成功し、想定外の利益を確保した。ところが、鈴木は強欲にもその利益を独り占めにすることを計画し、西に合意書を破棄して2人で利益を山分けしようと持ち掛け、さらにA氏との関係を疎遠にすることで合意書の成果が無かったことにするという大がかりな計画を進めて行った。宝林株で約160億円という巨額の利益を手にした鈴木は、その後エフアール、アイビーダイワなどの銘柄で相次いで利益を出したが、その模様を西は次のように述べている。

「その後も、第三者割当増資を数十社に対して行ったが、貴殿は報告するだけで、お金のコントロールは貴殿がすべて行い、私は言い訳やウソの報告ばかり社長にすることになったわけだ。しかし、全体の利益のうち、1/3以上の取り分は必ず私に渡すという二人の約束があったため、私もそれを信じ、貴殿の言いなりになって社長を欺いてきたわけである。1回ずつの取引や利益金を社長に報告していれば、こんな事にはならなかったと、自分の考え方ややり方に呆れてしまっているが、今更社長に何を言っても言い訳にしか過ぎず、本当に申し訳なく思っている。私にとって最大の不覚であった。貴殿の言いなりになって、社長を欺いてきたわけである。私が絶対やってはいけない事を一番の恩人にしてきたわけだから、私は絶対に許されることではないし、貴殿も絶対に許される事ではない」

「私に貴殿は、社長から7億円の借金をさせ、FR株を買わせた時も3倍にさせる、俺が保証すると言って、口車に乗せて、電話で買い指示をして、場でFR株の買いを私に発注させ、貴殿は同時に売買を担当していた紀井氏(貴殿から全ての株式を売買を任されていた)に指示を出し、自分が第三者割当増資を行い手に入れていたFR社の新株を高値で売却し、大きな利益を手にしている。この時も私に大きな損失を出させた。貴殿の目的は、貴殿のあらゆる事を知っている私の力を弱くさせ、次から次に深みにはまらせることだった」 (以下次号)